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剛志君とゴルフにゆく  2002年6月26日 記

植村建夫、嘉津子の次男剛志君(昭和51年12月生)、地味だが生活感のあるしっかり者である。母親が、今日は晩御飯用事があり作れないから、どっかで食べてとそれなりの金額を渡すが、彼はちゃんとお金は受け取り、仕事が終わると真っ直ぐ家に帰りなんと母親に優れるとも劣らない料理を作ってしまう。以外にしっかり者である。例えがちょっとしみたれたけど、この世の中今時こうなくちゃと時々感心することが多い、ひょっとすると大阪生まれの母親に似たのかな、いや長身で男前なのは父親似なのかな、馬鹿なこというな、両方の血を受け取るに決まってるがな。
つい先日の父の日にゴルフのキャディーバックがついに壊れた、という私のつぶやきを聴いていたのか高かったろうと想われるがダンロップ製のキャディーバックと、
その中身つまりクラブ道具一式をプレゼントしてくれました。

ダンロップゴルフクラブの工場の工務課で働く彼は、買ってくるのか又は試作品なのか判らないが、時々、これ使ってみてと私に最新のドライバーを提供していた。使う側のコメントが欲しかったのか判らないが、下手な私としては、ドライバー等真っ直ぐ飛ぶのがまれで、道具以前の問題が山積している状態なのであります。その剛志君が、父ちゃん母ちゃん一緒にゴルフするが、と言ってくれていた。
母親も都城電話局勤務時、女性としては珍しく社内コンペに参加していたのでありました。
私も腰痛や、おつきあいゴルフもこの不景気で、極端に減りここ一年ほとんどゴルフ場に通う機会がなかったのでした。
剛志君の一緒にするが、の誘いかけにそうみっともない姿(フオーム)や、スコアーを披露するわけにいかず6月15日市比野グリーンヒルカントリー、翌16日市来城山カントリーとちょうど仕事先の誘いがありそのコンペに急拠参加し何とか、ゴルフの感を作り取り戻し始めました。

剛志君とラウンドするのは以外に早く実現し、23日の日曜日朝父ちゃん行くが、との剛志君の一声で、末吉の三州カントリーで二人で廻りました。剛志君は、さすが長身から振り下ろすドライバーの飛距離は私のボールより遙か先まで飛んでいました。
うんなるほど、上手な姿を実際に私に見て欲しかったんだ、自分の成長を、親に見て欲しいいつも無口な剛志君が、誇らしげに自分を主張している姿が眩しかった。いつの間に大きくなったのか、親はなくとも子は育つ、(いや父親はなくともに訂正です)。
子供の成長に感無量するのと、共通の趣味を利用することで、何かを伝えたかった剛志君の誘いに有り難う、又今度はお母さんも一緒に連れて回ってねと、心の中で手を合わしているいる自分でありました。
スコアーは関係なく、コミニケーションをはかる親子の姿でありました。
剛志君早くいいお嫁さんを迎えて、お兄ちゃん、お姉さんみたいにいい家庭を作ってね,たいした父親でないけど心から願わずにはおれません。

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