中国上海訪問 2002年8月5〜9日

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1945年8月9日ソ連が、日本との不可侵条約を、急遽破棄し満州牡丹江を始め、
北側国境より満州全域に大攻撃を開始。
又その日は、アメリカが長崎に、広島に次いで二度目の原爆を投下、一瞬にして7万人余りの人が消え去る。
という前代未聞の仕打ちをしてきた。報復、(戦争)とはいえ、あまりに惨いことであります。
日本がそれまでの、海外侵略に終止符をうち、全面降伏に至る最終過程である。

山崎豊子原作「大地の子」陸一心は、この北満州の開拓団の一員の子であった。
長野県より国策である開拓入植者として、移住してきた松本耕次の長男であった。
ロシア侵攻により着の身、着のまま逃れる途中幼い身ながら両親と生き別れとなる。
その後中国人の子供、陸一心として想像を絶する苦難の人生を歩む。
この陸一心が後に、日本人であり日本名松本勝男であることが判明、
幼くして生き別れた生みの親、松本耕次とが、この上海で劇的な再会をする。
育ての親中国の父陸徳志に立派に育てられた陸一心は、
上海の宝山に建設されようとしている中国最大の製鉄所
宝鋼製鉄所建設工事に中国側技師また、通訳として中国政府より派遣された。
又、中国政府の要請により日本政府より派遣され、宝鋼製鉄所建設所所長として
日本を代表し技術指導に赴任してきた人、松本耕次
この一大ドラマのハイライトが中国上海の地である。

このドラマの背景地、中国上海をかねてから訪れたいと願っていた。
今回は、NTT宮崎の中国上海訪問45名の一員として参加した。
中国大連で生まれ、戦争、略奪、食うや食わずで、日本へ帰り着いた。
ある意味戦争に翻弄された私にとって、今度で六度目の訪中となる。
歴史はどうあれ、生まれた国を知りたい、生まれた地を知りたい、見てみたい
触れてみたい、両親の苦労を少しでも知りたい、
日本が中国に何をしたのか知りたい、
期しくも、今年日中国交回復30周年のこの年、

私の心の葛藤に終止符が打たれたような気がします。
とてつもなく、大きく巨大に変心し続ける中国
どこに行っても、道路、高層ビル、社会基盤の整備が大々的に進んでいる。
私は、このまま行けば中国は、後10年で、日本、アメリカを超え
世界の超大国になると予感します。
私は死ぬその時まで、中国より目を離すことが出来ません。
私の生まれ故郷だから、日本とともに大事な国であります。
過去のない人間はおりません。過去にこだわるのもどうかと思います。
しかし私は、過去を振り返ることで、前進する道を模索したいと思います。

写真及び簡単な紀行文目次

上 海 1−1 1−2 杭 州 1−1 1−2
南 京 1−1 1−2 無 錫 1−1
蘇 州 1−1 1−2

今回の旅行でお世話になった
添乗員様 交通社様

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