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騎崇君に思う (1) 2002/7/15

台風5号、6号とそれぞれ九州の右へ左へとそれぞれ逸れてくれたけど、なんと台風発生の多いこと、そういう最中、長男智一、久美子夫妻の長男騎崇君が都城父の実家へ、来てくれた。生まれて約5ヶ月元気で力強く育ってくれることが何よりうれしい事であります。
首が据わり、歯が生えだし、手足をばたばた元気に動かし頼もしい限りです。時は31年前にタイムスリップしたかのよう父親の智一君そっくりだ。
31年前私は、念願の男の子が生まれ、期待と、家族の充実に大いに喜ぶとともに、時は高度成長の最中、公害の発生、労働時間の延長、労働条件の悪化など社会的には今と違い、国、県、地方自治体の借金はなかったけど、日本国経済発展の上昇最中でそれなりの社会的歪みが多々あった時代でした。
智一君は九州の父の実家、大阪の母の実家みんなの祝福を受け、名古屋駅より徒歩約10分、名古屋城のすぐ近く、名古屋市中区にて3年間育った。私は、こんな小さい子供を育てきるだろうかと、内心ビクビクしていたが、大阪育ちの肝っ玉母さんが3人前の力で、立派に育ててくれた。炊事洗濯、保育所の送迎、仕事、近所付き合い、病院通いと、私が言うのも何だけど家族の切り回しは立派なものでした。私は仕事にかこつけて積極的でなかったと思います。、今思うと何してたんだろうと、思っています。親はなくとも子は育つ、いや父親はなくともでした。
騎崇君2/7/12中部電力の本町社宅の2階に住んでいたのですが、ビルの合間で日当たりが悪く、休みの時は、よく名古屋城の外堀の芝生の上で、よく日光浴しながら遊びました。
母は、家より徒歩10分のとこにある電電公社番号案内局勤務で交代勤務でした。、夜勤あり、遅出あり、早出ありと忙しい中で育ちましたが、騎崇君は、南国鹿児島国分で、お母さん、ソニーの半導体製造工場で働く、お父さんと、鹿児島のお母さんの実家、都城のお父さんの実家や、叔父叔母みんなの祝福を受けて育っております。国分の家では、両親の結婚と同時に建てた家で、生まれる前から専用の部屋が用意され、近くに学校があり、2階のベランダから桜島や錦江湾が一望出来るいい環境です。
騎崇君に乳を飲ませる父良い環境の元で、育ててもらえる騎崇君、君はお父さんみたいに、お父さんの両親の都合で、都会で生まれ、その後熊本、都城と、住まいが変わり苦労したのと違い、苦労は少ないだろうけどその分、一生懸命他の分野で苦労して自分を鍛えて生きて下さい。
少なくとも、君よりは早く、遠くへ旅立つ君の父の父は、お節介宜しく君の将来に、早くも思いを馳せております。がんばれ騎崇君、そしてがんばって立派に育てて下さい智一君ご夫妻、親子三代みんな頑張ってゆく運命を感じます。
騎崇君たまには僕と代わりばんこに人生をしないか?又、そして何時でも都城に遊びに来て下さい。私も又国分に、私の息子智一君と、その息子騎崇君に会いにゆきます。楽しみを与えてくれて有難う。

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