2005年3月29日〜31日

中国・大連訪問

我が生誕地中国・大連・・。遠くて近き大連、私はこの地で生を受け赤子の2年間程を過ごす。
戦争・なんといたわしい事か・・その後60年近くが過ぎようとしているがその傷跡は今なお
この地に永遠に消え去ることはない・・しかし・・
日中友好の絆ははその傷跡を少しでも癒すことは出来る・・。

ホームページへ   日々雑感へ

大連空港に降り立つ      満州鉄道本社       林立する建物(車窓より)   ホテルでは歓迎の宴が
餃子尽くしの晩餐       美女に囲まれ・・・        ストリートのビル群
昔の町並み 大連市役所前広場にて 広場では太極拳が
大連博物館 遙か数千年  恐竜の化石の数々
     二百三高地 日ロ戦争激戦地1904年9月〜12月にかけ日ロ合わせ2万人の戦死者が・・・
    高地に横たわる戦死者  旅順港の戦艦群(水師営会見場写真集より)  日ロ降伏調印の参加者
 高地での戦争風景         日ロ戦争ロシア軍が降伏に調印した水師営会見場
新しい街と古い町インフラ整備に限りなく発展を続ける大連の街
大連は日清戦争、日露戦争と長い間戦場化された。又半世紀もの間ロシア、日本の植民地であった。社会主義建設の旗印の元。見事に復興し、中国国内でももっとも美しい街として一目置かれる都市と成長した。3日間に渡る大連訪問、美しく活気ある街。感動・・した。我が生誕地。13億人の中国。大連、益々の発展と平穏を祈る。又必ず元気で来ます・・建夫。

ホームページへ   日々雑感へ