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韓国、キムチパワーサッカーW杯他雑感  2002年7月 記

2002年韓国・日本共同開催のサッカーワールドカップの韓国チームは強かった。ベスト4に入る力を強烈に見せつけた。下手すると?優勝ではと考えていた。
14年前の1988年ソウルオリンピックの直前に韓国にJTBのツアーで観光に行った。
又、ソウルオリンピック閉会式前日のオリンピック観戦を名鉄観光のツアーで見に行った。女子マラソンの有森さんの活躍と、陸上100m、200m、400mの決勝で優勝したにアメリカのフローレンスジョイナーさんが、全世界の話題をさらっていた。又日本で活躍されている韓国の国家的歌手キム、ヨンジャさんの歌うソウルオリンピックのテーマ曲「北の国から」が陸上競技場の巨大なスクリーンに映っていた。鳥肌が立つ様な、スケールと感動がつい先日の様に思い出されます。
福岡空港より約1時間弱ソウル金浦空港に降り立った時、なんと、強烈なにおいが鼻についた。
ニンニクとキムチの臭いであった。(ろうと思います)空港よりバスで市内に向かう時、バスが止まった。一応説明はあつたが、銃を肩に掛けた軍の兵隊さんが2人バスの中に入ってきて、人相や、荷物のチェックであった。平和な日本で、のほほんと平和に暮らしている私たちは、度肝を抜かれた。じっと睨まれると、何もしてなくても、連れ出されて、撃たれるのではと恐怖が、背中に走り、兵隊がバスをでるまで、生きた心地がしなかった。考えるにソウルの十数キロ先は、北朝鮮である。朝鮮戦争(1950年6月25日開戦、1953年7月27日休戦協定を結ぶ、以来休戦状態である)の停戦協定を結んでいないということでまだ戦闘状態が続いているのである。
さて近くて、遠い国だった韓国も一回訪れるとなかなかバイタリティーがあって、最初の時は、若干怖かったけど慣れてきだして、キムチに病みつきになり、レストランに食事に行くたび、キムチは無料サービス食べ放題であることを良いことに食べた食べた、しかしその後おしりが壊れ、お座薬のお世話になりました。
、がそれでも韓国のキムチはおいしく、焼き肉やビビンバとよくマッチしておいしかったです。
高層ビルの林立する中、コピー商品の時計、ナイキ製のシューズ、バックなど買いあさりに、繰り出しました。(今はコピー商品は持ち込めません)又、知る人ぞ知るキーセンパーティーなるものにも参加させて頂きました。男に生まれて良かったのかどうか?美人の誘惑を断るのは辛いです。
行こか、戻ろか悩みに悩みどうしたと思いますか・・・?(今はもうないと思います)
韓国の若い男の人は、徴兵義務があり、軍隊で鍛えられているのか、目が鋭く、気合いが入っているという感じでした。日本人みたいに自由自由と幸せ三昧で、のほほんとした顔つきではなかった。
高齢の方は、ほとんど日本語を話され、その昔日本統治下強制的に日本教育がなされていた事実を始め、いろいろな所に、その影響を見ることが出来ました。日本もむごいことをしてきたものです。私も深い哀悼の気持ちを持つものであります。
今後は隣人として、昔のわだかまりを捨てきって、手に手を取り合って、アジアの発展に尽くしてゆくべきパートナーであると思います。1988年以来南から北まで、ソウル、デジュン、釜山、済州島等12回ほど訪問しています。今は中国に夢中になってますが、又韓国を訪問したいと思います。宮崎空港からも鹿児島空港からも定期便が、出ているくらいですから。韓国については今後も書き続けてゆきます。
今回はここまでということで失礼します。

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